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肥満の科学:食欲コントロールメカニズム


21世紀の人類にとって最大の課題は、地球温暖化と肥満である。地球温暖化は地球環境を破壊し、肥満は人間の身体を破壊する。その肥満が、先進国を中心に急速に広がっている。今やアメリカ人の3分の2が肥満か太りすぎの傾向にあるといわれており、子どもたちの間にも肥満は広がりつつある。肥満はいまや社会全体を脅かす、新しい文明病になりつつある。

ところで人間は多くの動物と同じく、もともと肥満しやすい運命に生まれついているらしい。気の遠くなるような長い歴史を通じて、人間の周囲に有り余る食べ物があったことなどは一度もなかった。人間はむしろ、常に飢えの危険にさらされ続けていたのである。だから、人間は食べ物を前にすると、それを貪り食う誘惑になかなか勝てない傾向をもっていた。食えるときに多く食える人間ほど、飢饉を生き延びる確率も高かったのである。

人間は、たとえば日に三度の食事パターンを自ら決めると、体内時計が働いているかのように、その時刻になると決まって空腹を感ずるようにできている。3度の食事の合間や就寝前にスナックをとることを習慣にしていれば、やはりその時間に空腹を覚えるようになっている。人間というものは、何を忘れても、食うことだけは忘れないように、生物学的にビルト・インされているようなのである。

食い始めると、人間は際限もなく食い続ける傾向にできている。食うことを制止するような力が働かないと、人間の食欲は限度を知らぬのである。

こうした人間の食欲にかかわるメカニズム、食うことを促したり、またそれを抑止する生理的な仕組みについて、脳科学の分野からの研究が進んでいる。

人間の食欲を促す物質としてグレリン Ghrelin というホルモンがかかわっていることが1999年に発見された。飢餓ホルモンとよばれるこの物質は、内臓の中で作られる。食事のスケジュールや胃腸内の状態、食い物の臭いなどに反応して生じるこの物質が、脳に働きかけて摂食行動をとらせる。

グレリンの情報を受け取る脳の分野は3箇所、後脳、視床下部、中脳辺縁系である。後脳は人間の無意識のプロセスをつかさどり、視床下部は代謝をつかさどり、中脳辺縁系は食う喜びと満足をつかさどる。これらが連係プレイを働かせながら、人間を食う行為へと駆りたてることがわかってきた。

一方食欲にストップをかけるのにも、同じようなプロセスのあることがわかってきた。グレリンと同じく内臓の中ではいくつかの物質が作られ、それが脳に働きかけて満腹感を伝え、食う行為をやめさせるのである。

その中で最も重要な役割を果たしているのはコレシストキニン CCK と呼ばれる物質である。これは小腸で作られ、脳に働きかけて満腹状態であることを伝える。だが効果が長続きせず、しばらくすると人間は満腹であることを忘れてしまうらしい。このほかに、GLP-1, PYYというホルモンが同様の働きをすることもわかってきた。

また、1994年にはレプチン Leptin というホルモンが発見され、それが肥満防止に向け何らかのサインを送っていることがわかってきた。レプチンは肥満しかかった人間の脂肪の中から生み出される。既に肥満してしまった人間は、肥満の過程でレプチンを十分に分泌できなかった可能性も指摘されている。

肥満の原因は脳のほうにもある。グレリンやレプチンからの信号は、脳の受容体 Recepter で受け止められる。もっとも重要な働きをするのは MC-4 というレセプターである。これが正常に機能しないと、せっかくの抑止情報も伝わることがない。

また、PPARs というレセプターは脂肪を燃焼させて肥満を防止するのに一役かっていることがわかってきた。逆にこれが十分に機能しない人間は肥満に陥りやすいのである。

先にあげた脳内の3つの分野のうち、もっとも重要なのは中脳辺縁系らしい。この部位はタバコや薬物依存などにもかかわりが深いとされる。食欲に歯止めの利かない人間も、ある意味では依存症に似ているといえなくもない。

ともあれ、肥満は肥満者だけの問題ではない、社会全体の重石ともなる。人類は肥満から解放されない限り、健全な未来をもてないだろう。

〔参考〕The Science of Appetite By Jeffrey Kluger






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