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肥満と糖尿病と日本人


肥満の行き着く先が糖尿病だということは誰でも知っている。人が何故肥満するかといえば、それは摂取する栄養分が代謝に必要なエネルギー源を上回るからだ。人間の体はこの余計な栄養分を脂肪などの形で細胞内に蓄える。一種の貯蓄と考えてよい。ところが肥満があまりにも進むと、この貯蓄の機能がうまく働かなくなる。その結果血液中の栄養分は細胞によって吸収されずにそのまま血液中に残り続ける。これが糖尿病発症メカニズムの基本パターンである。

この貯蓄をスムーズに行わせるのはインスリンだ。体内にインスリンがいき渡っていれば貯蓄は膨らんでいく。はちきれそうに膨らんだ肥満人は、この機能が働いているから、あれほどまでに太れるのだ。だが一定の限度を超えると、インスリンによる貯蓄機能は働かなくなる。その結果糖尿病に陥るわけである。

インスリンは膵臓によって作られるが、その膵臓の機能は民族によってだいぶ異なるらしい。概して日本人や東洋人は西洋人にくらべて膵臓の能力が小さく、したがってインスリンの分泌量も少ないというのだ。日本人に西洋人のような桁外れの肥満者が少ないのは、そこまで肥満させるだけのインスリン分泌能力がないからだ。日本人は肥満する前にギブアップして、さっさと糖尿病に陥るというわけである。

日本人には肥満していないのに糖尿病にかかっている人が多いが、それはインスリンの分泌能力が栄養の摂取量に追いつかないことの表れなのである。

民族の間でなぜこんな相違が現れるかといえば、それは長い間の食生活が影響しているかららしい。そのあたりの事情をNHKの科学番組が解説していたが、それによれば、西洋人は数千年まえから肉食を主体にカロリーの高い食事を取り続けてきた。それを体が受け止めるためには、インスリンを大量に分泌できるだけの膵臓の能力が必要となる。逆に言えばそれだけの膵臓を持たない人間とその子孫は生き残れなかったのだ。

これに対して日本人は数千年前から植物を中心に比較的低カロリーの食生活を続けてきた。だから小さな膵臓でも十分間に合ってきたのである。ところが近年食生活が大幅に変化し、日本人も西洋人並みに高カロリーの食事をするようになった。だが日本人にはそのカロリーを料理するだけの膵臓が備わっていない。そこで糖尿病に陥る人が激増しているというわけなのだ。

膵臓の縮小とその結果としてのインスリン分泌能力の低下は、栄養不良の母体から生まれた胎児にも見られる。その典型として、NHKの番組はナチス占領下のオランダの例を挙げていた。占領末期オランダの人々は深刻な食糧難に見舞われ、飢餓の冬といわれる悲惨な体験をしたが、その期間に母親の胎内で育った胎児は、母親から供給される栄養の不足に適応するために、代謝を必要最小限にとどめた。これに対応して胎児の筋肉や膵臓もまた発達が極度に抑制された。

その胎児が生まれた後、戦争は終わって人々は再び豊かな食事に戻った。ところがそれらの胎児は成人しても標準的な膵臓の機能を持つことが出来なかったために、栄養過多が糖尿病となって現れるようになったというのである。

この例にかかわらず、母親の栄養不足やダイエット志向が原因で低体重で生まれてくる子どもの数は膨大なものだ。彼らのほとんどは標準より小さな膵臓しか持っていない。糖尿病に対する危険因子を生まれながらにして抱えているわけである。

21世紀における人類最大の課題は肥満との戦いだともいわれているが、その戦い方は民族や生育暦によってさまざまな様相を呈しそうだ。






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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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