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尻尾の話:二足直立歩行と骨盤底筋


地球上に生息する脊椎動物のうちで、人間と類人猿だけは尻尾を持っていない。類人猿はチンパンジーと人間の共通の祖先が登場したときには、既に尻尾を失っていたが、それが何時頃に遡るのかについては、類人猿全体の祖先が二足歩行を始めた時であろうと考えられる。というのも、二足直立歩行と尻尾の不在は切り離しがたく結びついていると思われるからだ。

二足直立歩行とは、文字通り直立した体を二本の足で支えて歩くことである。その姿勢で前へ進んだり、横へ動いたり、場合によっては後退したりすることが出来る。休息するときには、寝そべるやり方のほか、腰をおろし尻で上体を支える方法もとれる。こうした動作には、尻尾を必要としない。むしろ尻尾があることは、二足直立歩行の生活にマイナスに働くと思われる。

そもそも、脊椎動物が尻尾を持っている訳は何なのか。その答えは、脊椎動物の進化の歴史の中にある。

最初の脊椎動物である魚類は、頭蓋骨から長く伸びた一本の骨〔脊椎〕を中心にして、その骨を取り囲むように組織が形成されていた。骨の先端は、尾鰭につながっている。魚類は水中を泳ぐとき、この尾鰭を動かすことによって、方向をコントロールした。つまり脊椎は、体の骨格を支えるとともに、運動の方向をコントロールする機能を果たしていたのである。

魚類に足が生えて両生類になると、脊椎の先端は魚類の尾鰭よりも尻尾らしい形をとるようになるが、その機能は基本的には魚類の場合と異なるところはなかった。爬虫類になると、後足よりはみ出た脊椎の部分はいよいよ尻尾らしくなり、方向をコントロールする機能のほかに、体を支える機能も果たすようになった。爬虫類の仲間に空を飛ぶものが現れて、そこから鳥類が生まれると、長い尻尾は外見上消失したが、そのかわりに尾羽が発達して、やはり方向をコントロールする機能を果たし続けた。

哺乳類はもっとも尻尾らしい形をした尻尾を持っている動物である。哺乳類にあっても、尻尾の基本的な機能は、方向をコントロールすることにある。試みに、原始的な哺乳類であるねずみやリスの尻尾をちょん切ってみたまえ。彼らは方向感覚を失って、まともに動き回ることができなくなるであろう。

このように脊椎動物が共通して持っている、尻尾ないしはそれに相当するものは、魚類の骨格を形成していた脊椎の先端部のバリエーションなのである。

人間は尻尾を失ったが、尻尾に関連した機能までは失わなかった。尻尾にはそれを動かすための筋肉が付随しているが、人間の場合にもそれに相当する筋肉がある。肛門括約筋などを含む骨盤底筋群である。骨盤の底部を包み込むようにして発達している筋肉で、肛門を閉めるときなどに活躍するから、誰でもその存在を感じとることが出来る。

この骨盤底筋こそは、二足直立歩行するものにとって、決定的に重要なのである。直立の姿勢をとると、内臓には骨盤の方向に向かって下降する圧力が加わる。したがって骨盤の周囲に強固な組織が発達して、内臓を支える機能を果たせないと、直立の姿勢をとり続けることは難しい。骨盤底筋はこうした、内臓を支えるものとしての機能を果たしているのである。

女性に多く見られる尿漏れなどは、この骨盤底筋の機能不全が原因であることが突き止められている。骨盤底筋が緩むことによって、膀胱をしっかりと固定できなくなり、その結果膀胱は尿がたまって重くなると、下に向かって垂れ下がるとともに、たまった尿を漏らしてしまうというわけなのである。

こうしてみると、人間は尻尾を切り捨てる代わりに、それが有していた機能を、直立歩行に都合がいいように特化させてきたのだということがわかる。






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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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