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デジャ・ヴュ Déjà Vu


デジャ・ヴュ Déjà Vu とは、初めて見る光景なのに、それがまるで以前に見たことのあるように、おりありと迫ってくる心理的体験である。日本語では、「既視感」などと表現される。

一種の認識の錯誤だろうと思われるが、当人にとっては強い現実感がある。高齢の人におきやすいとされる一方、若い人にもおきるようだ。筆者にも経験があるし、けっこう多くの人が経験しているのではないか。

この現象を最初に科学的に分析したのはフランスの心霊学者ボアラック Emil Boirac だとされる。1911年に出版した「心霊学の将来」L'Avenir des sciences psychiques という本の中で取り上げているが、それ以前に19世紀の末にこの現象に言及していた。20世紀初頭においては、不思議だが身近な現象として関心を集めていたらしい。

フロイトも、「生活心理の錯誤」(1901)の中でこの現象を取り上げている。フロイトはこの不思議な「感じ」を一種の「認識判断」の問題として考えるべきだとした。つまり異常で例外的な現象ではなく、我々の心理過程の中に必然的な原因を有していると考えたのである。

だが、フロイトは、学者たちがこの現象の付随事象や起こりやすくする条件のことばかり考察して、そもそもこの現象が出来する本質的な原因について見逃していると批判した。

フロイトによれば、デジャ・ヴュとは、認識の過程における再認のし間違いということになるのだが、何故そのような間違いが起こるのか、フロイト自身も十全な説明はしきれていないようである。フロイトはそのメカニズムを、個人の無意識の中に求め、抑圧されていた感情が何かの拍子で物事の認識に影響を与えるのだと主張する。だが、抑圧された感情が何故、目前の光景を前にしてデジャ・ヴュの感じを引き起こすのか、そこのところについては、納得できる説明ができていない。

その後、デジャ・ヴュを巡っては、心理学的、神経学的、精神病理学的と、さまざまな分野からのアプローチが試みられているが、いまだに決定的な説は出ていない。ただ、何らかの原因によって、記憶とそれを呼びさますメカニズムが一定の不具合を起こし、その結果初めて見る光景と記憶の中にしまわれていたイメージとが混同されるのだろうと、今日の大方の学者たちは認めているようである。

最近、脳科学の分野から、デジャ・ヴュに光をあてる研究成果が発表された。MIT の利根川進教授たちのグループによるものである。

人間の脳の中で記憶が作られるのは、中心部に近い海馬 Hippocampus という領域においてである。そのなかでも、エピソード的な記憶といわれるもの、つまり出来事の雰囲気や全体的な印象を記憶するのは歯状回 Dentate Gyrus という部分である。

歯状回は、視覚、聴覚、臭覚にわたる様々な経験をパターン的な記憶として格納する働きを持つ。そして将来の状況に応じてそれらを意識の表面にもちだし、目前の状況にすばやく対応することができるよう機能している。似たような状況に接しても、それらの違いを瞬時に判断し、適切な対応ができるのは、この歯状回によるレファレンスの機能が働いているからである。

歯状回が何らかの原因で機能不全に陥ると、どういう事態が生じるか。教授たちはねずみの歯状回を除去して、その行動を観察してみた。すると、ねずみは似たような状況に直面すると、それら相互の間の弁別がつかず、大いに混乱した行動を示した。

教授たちはこの結果から、人間の脳も歯状回に何らかの障害がおきると、パターン認識に著しい障害が起きると判断した。デジャ・ヴュはその一例だというのである。

デジャ・ヴュの現象が比較的高齢の人におきやすいのは、このことから納得される。アルツハイマー病などで、海馬周辺に器質障害が進行すると、人間の認知能力も著しく損なわれる。利根川教授自身も記憶の障害に苦しんでいるとのことだが、それは恐らく歯状回の機能不全によるものだろうと、自己分析しているそうだ。






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