人 間 の 科 学
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神を演ずる:遺伝子科学(合成生物学)の可能性


地球上のあらゆる生命は神が作り給うた、聖書はそう教えている。キリスト教徒ならずとも、人類はみな、生命というものは図りがたい摂理によって生まれかつ生きているのであり、人の手によっては如何ともなしがたいと考えているのではないか。また仮に、生命を人の手で操ろうとする者がいれば、それは神あるいは自然への許しがたい挑戦と感ずるのではないか。

ワトソン James Watsonとクリック Francis Crick が1953年にDNAの螺旋構造とそこに書き込まれている遺伝情報の存在を発見して以来、遺伝子に関する研究が飛躍的に進んだ。今日では、遺伝情報の大部分が解読されてきており、その結果が様々な分野に応用されるようになってきた。既存の遺伝情報の一部を書き換えることによって、病気に強い品種を開発したり、効果の高い薬品が生産されるようにもなった。

だが最近では、遺伝情報を人間の手によって作成し、もともと地球には存在しないような生命体を作り出そうとするところまで来ているようだ。これは従来のように既存の遺伝子に多少の修正を加えるといったレベルにとどまらない。新たな生命体を人間の手によって生み出すというのであるから、人間があたかも神の如くに振舞うわけである。

地球上に最初の生命体が現れたのは36億年前のことだとされている。ごみのような物質の中からちっぽけな細胞が出現し、それが再生産を繰り返しながら多用な生命体へと発展した。今日地球上に存在するあらゆる生命体は、すべて36億年前のこのちっぽけは細胞に由来するのである。

細胞は生命体を構成する最小単位であるが、その構造や行動の特性をコントロールしているのが細胞核の中にある遺伝子である。これは生命体にとってソフトウェアのような役割を果たしている。科学者たちは、この10年間に、化学物質を用いてDNAの一部に修正を加え、それを遺伝子の中に組み込み、さらにそれをゲノムの中に組み込むといった過程を通じて、新たな分子構造を作り出してきた。

こうした遺伝子操作による生命体のコントロールは、合成生物学 Synthetic Biology と呼ばれている。遺伝情報に手を加えることによって、新たな生命体を合成するところからそう名づけられた。これまでは、既存の生命体に一部修正を加えるといった微調整にとどまってきたが、合成の名に相応しいような思い切った創造も可能になってきたようだ。

遺伝子そのものはソフトウェアであるから、それが生命体として実体を持つようになるためには、細胞の実質と結びつかなければならない。最近では、たとえば砂糖の細胞をベースにして、そこに新たな遺伝子を組み込み、まったく新しい第三の生命体を作り出すようなことも射程圏内に入ってきたらしい。

キースリング Keasling はイースト菌の細胞をベースにして、そこに新たにプログラミングされた遺伝情報を組み込み、あらゆるマラリアに効き目のある物質を作り出した。今後はイースト菌のかわりに砂糖の細胞を用いて大量生産を考えているという。

ヴォイクト Voigt は、同じような方法で血管の中を巡航する微生物を作り出し、血管の中にがん細胞を見つけたら自分の力によってそれらを死滅させるような仕事をさせようとしている。成功したら、人類の福祉に限りない貢献をすることだろう。

また、チャーチ Church は、一度作られたらそのままの姿にとどまり続けるだけでなく、自己増殖する細胞を作り出そうとしている。その技術を応用して、太陽光線を熱エネルギーに転換させるためのエネルギー大量生産システムの可能性についても追求しているという。

いづれ人間は、これまで存在していなかったような生命体を、次から次へと生み出すようになるかもしれない。

こうした話を聞くと、分子生物学に造詣のない筆者のようなものでも、科学の力に驚嘆するのである。

〔参考〕
Scientists push the boundaries of human life By Lee Silver : Newsweek






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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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