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疫病はどのように作られるか:豚インフルエンザの教訓


今回メキシコに端を発した豚インフルエンザ騒ぎは、疫病に関する我々の見方を大いに変えさせるものだった。たかがインフルエンザと思っていた病気でも、まかりまちがえばペスト並みの猛威を振るうこともある、日々流される報道を通じて、そのことがよくわかったからだ。

まず、疫病が発生した場合に、それを初期の段階で封じ込めることの重大さを改めて認識させた。今回のメキシコ政府の対応やWHOの活動がそれを教えている。もし初期の段階で封じ込めに失敗し、それが世界中に広がるようなことになっていたなら、今頃は膨大な数の感染者を出していたかもしれない。

また疫病発生のメカニズムに、我々人間が深く関与しているということが明らかになった。今回の豚インフルエンザは、H1N1と呼ばれるものだが、それはウィルスのDNAの中に、人、豚、鳥のインフルエンザの遺伝情報が重なっていることを特徴としている。つまり人間が関与して生まれたということだ。

豚は人や鳥のインフルエンザにかかりやすいらしい。そしてある豚がインフルエンザにかかると、その豚が属する集団に速やかに伝染するらしい。豚は承知のように、密接に接触しあうのを好む動物だからだ。

だが通常、豚のインフルエンザがすぐ人に移るということはない。しかし豚の間で流行っているインフルエンザが、世代交代を重ねるうちに、進化や突然変異を通じて、人にも感染する確立が高くなる。今回のケースは、そうしてできた新種のインフルエンザということらしい。

新種のインフルエンザといったが、実は今回メキシコで初めて生まれたわけではない。少なくとも四年前には同じ症例が報告されている。それが間歇的に小規模な発生を繰り返しながら、今回の爆発的な流行につながったと推測されるのだ。その過程を、疫病の研究家ローリー・ギャレット Laurie Garrett 女史が最近号のニューズウィーク誌上で分析している。

女史によれば、このウィルスの発症例としてもっとも古いものは2009年、アメリカ・ウィスコンシン州で起きたものだ。豚の解体にかかわった17歳の少年が今回のと同じインフルエンザにかかった。だがそのときは他人に伝染することもなく、本人も健康を取り戻していた。

このタイプのインフルエンザは、その後アメリカ各地の養豚場で間歇的に発生した後、昨年はテキサスで人間を発症させた。このときも他人への感染は起こらず、症状も重くはなかった。

そして今回のメキシコでの事態である。しかし今回はこれまでに比べて、感染の規模も病気の被害も桁外れに大きい。その理由は二つ考えられる、と女史はいう。

ひとつはウィルス自体が進化していることだ。四年前のウィスコンシン州のウィルスも今回のメキシコのウィルスも、基本的には同じDNAの構造をしているが、人間に対する毒性という点では一歩進んでいる可能性がある。

次に、豚インフルエンザを流行させるような条件が、世界の経済システムの中で出来上がってきたということだ。つまり豚肉の生産が大規模になり、その流通が国際化したのに伴い、豚の病気が世界中に速やかに伝達されるようになってきたというのだ。

近年中国やインドが目覚しい経済成長をとげ、その結果巨大な食肉市場が生まれた。食肉の主なものは豚肉である。だからアメリカを始め主な食肉供給国では養豚がかつてなく盛んになった。

養豚業は狭い空間の中で、大量の豚を育てている。そこは豚インフルエンザ流行の温床になるとともに、人間のウィルスが豚に感染する絶好の舞台にもなっている。こうして人間にも移りやすい新型のウィルスが育まれてきているというのだ。そのウィルスは豚肉をめぐる国際市場を通じて世界各国にばらまかれる。今回のメキシコの騒ぎの元となった豚も、アメリカからやってきた豚だといわれる。

こうしてみれば、今回の豚インフルエンザ騒ぎは、人間が作り上げた仕組みの産物だったといえなくもない。ほかならぬ人間が、自分たちの敵となるものをせっせと作り上げてきたのだともいえる。

このウィルスは現在の形態では毒性が弱く、タミフルでも十分に治療効果を挙げるという。しかしウィルスは日に日に進化している。いつの日か毒性の強いものに変身しないとも限らない。






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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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