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ボディ・ファーム:現代の風葬?


最新号のニューズウィークに目を背けさせるような写真がのっている。腐乱して真っ黒になった人間の死体が地面に転がっているところを写したものである。更にショッキングなのは見出しのほうだ。Corpses Wanted とあり、最近のBody Farm の様子を紹介するとある。

Body Farm とは何か。直訳すれば「人体農場」ということになるが、本文を読んでみると、農場というような牧歌的なイメージとは無縁のもののようだ。死んだ人間の遺体を野ざらしのまま放置し、その腐敗と解体の過程を観察するための特別の施設なのである。人目にさらされることを前提にした、現代の風葬施設といった性格のものか。

なぜ、こんなものが作られたのか。

犯罪捜査の現場では、従来から法医学といった分野があって、被害者のうけた暴行や死亡の時期などについて鑑識活動を行ってきたが、その正確性について限界が指摘されていた。というのも、人間の死後における腐乱の過程や、自然条件や野生動物による影響などについて、ほとんど研究されていなかったからだ。最近南北戦争で死んだ兵士の墓が何者かによって盗掘された際、遺体が偶然にもほとんど腐乱していなかったので、捜査当局は最近死んだものと勘違いし、遺体についていた傷を根拠に、殺人事件の被害者と断定してしまった。これなどは、人間の死後に関する知識の不足がもたらした笑えないミステークだ。

こんなところから、犯罪捜査の現場から、人間の死後の解体過程について正確な知識を求める声が強まり、それに応ずる形で、従来の法医学にかわる新しい学問分野が登場してきた。法人類学 Forensic Anthropology と呼ばれるものだ。

法人類学は、人間が殺された後に土中に埋められた場合、山中に放置された場合、水の中に投げ込まれた場合など、さまざまなケースを想定して、死後の遺体がたどる過程について現実にシミュレーションする学問である。ボディ・ファームとはその実験のための施設なのである。

さすがはアメリカ人のやることだ。死者の遺体を風にさらして実験に使うなど、日本人には思いもよらぬことだろう。

ボディ・ファームの第一号は、1981年に、テネシー大学の研究施設としてノックスヴィルに作られた。現在、182の人間の遺骸が、埋められたり、草の上や林の中に放置されて、腐敗解体しつつあるという。春になると、その腐敗臭が風に乗って、近接する住宅地に届けられるそうである。それらの遺体は自発的な献体によるものもあるが、多くは行旅死亡人事務所に保管されていた身寄りのない遺体であるという。

人間の死後についての知られざることが次第に明らかになりつつある。どんなタイミングで遺体がハエのターゲットとなるか、蛆虫たちは遺体をどのように蝕むか、アライグマは人間の遺体のそばにいることを好むが、それは人間を食うためではなく、遺骸にたかる虫たちを食うためだとか、また、遺体から滲み出た液体が土壌を黒く汚染し、植物の生育を妨げることなど、色々とわかってきたらしい。

この施設の存在が知られるにつれ、献体を申し出る人も増えてきているそうだ。そうした人は、風葬を自分にとって望ましい埋葬のあり方として考えているのだろう。現在1200名もがリストアップされている。

こうした動きに応じて、ノースカロライナ、カンザス、テキサス、フロリダでも、新たなボディ・ファーム建設の動きが持ち上がっているそうだ。

(参考)
Corpses Wanted: Inside America’s Body Farms;Maggots, raccoons, squirrels and bugs. A unique Southern study of decomposing bodies has inspired other 'body farms' to sprout across the country. By Raina Kelley : Newsweek






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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2013
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